Archive for July, 2006

Outback Highway

10日以上前のことだが、オーストラリアの内陸部を走る ‘Outback Highway’ の道路改良工事が始まったことが報じられた。

‘Outback Highway’ あるいは ‘Outback Way’ ……それは、クイーンズランド州中央部の Winton から、Northern Territory の Alice Springs、Uluru/Kata Tjuta 国立公園を経由して、西オーストラリア州金鉱地帯の Laverton まで、オーストラリア大陸を対角線状に走る総延長約2800kmの道路の通称。
しかし実際には、The Great Central Road, Gunbarrel Highway, Lasseter Highway, Stuart Highway, Plenty Highway, Donohue Highway and the Kennedy Development Road など、州や自治体で管理される道路のつなぎあわせで、かなりの部分が未舗装のままであり、日照りが続けば赤土の土ぼこりが舞い上がり、雨が降れば冠水して通行止めとなってしまうこともある。日本人からすれば、どう見ても ‘Highway’ という感覚ではない。

今回の工事は、道路の拡幅、曲線の緩和、路面の嵩上げ、砂利舗装、排水の改良等を行って、天候による道路の閉鎖を減らし、路面によるタイヤへの影響を減少させようというもので、来年(2007)の8月の完成を予定している。

Outback Highway

2000年の旅で、約10000キロを超える長距離バスの旅を経験したが、その時通ったのは殆どが世界最長の国道といわれる「国道一号線」で、こちらは完全舗装のきれいな道路。唯一、Uluru (Ayers Rock) から Alice Springs までを AAT Kings のツアー・バスで走ったのが、この ‘Outback Highway’ の一部だった。
Ayers Rock と Alice Springs の間は、オーストラリア最大級の観光地を抱えているだけに、Lasseter Highway- Stuart Highway を走れば道路は完全に整備されているのだが、そのときは途中で Kings Canyon に立ち寄ったため、バスは Walter Ranch から未舗装の道路に入った。Stuart Highway に出るまでの約100km、オフ・ロード仕様でもなさそうなツアー・バスなのに、それほどスピードを落とす様子もなく、アウトバック特有のあの赤茶けた台地の中を土煙を上げながら走る。道路は、自然の地形そのままにうねうねと波打っていたり、数日前の大雨で川が溢れ、一部迂回を余儀なくされる。今考えれば、これが正に Outback Highway の実態だったのだろう。

自分で車を運転するわけでもないので偉そうなことは言えないが、「4WD車で土ぼこりを舞い上げながら Outback を走ってこそ、オーストラリアを旅したと自慢できるのではないか」と密かに思っていたこともあって、道路が余りきれいになってしまう前に、一度思いっきりのオフ・ロードを走ってみたいと思っている。

Comments

記録的な干ばつで・・・

この秋、クイーンズランド州南東部では100年来の記録的な干ばつに襲われ、各ダム (Wivenhoe, Somerset, North Pine) の貯水量は記録的な最低水準にまで落ち込んでいる。

ブリスベンを含む12の自治体では、6月13日に第3レベルの使用規制が宣言され、例えば、庭のスプリンクラーやホースによる水撒きなどが禁止されているが、今日現在もダムの貯水量は減少を続けており、遂に28%台に突入した。

そんな中、ブリスベンでは先週11日、水道管の破裂による漏水事故が発生し、何万リッターもの水が流出してしまった。送水管の老朽化によるものと考えられるが、市では調査、修理などの対応に追われている。

Comments

肉食のカンガルーがいた?

ニュー・サウス・ウェールズ大学の調査隊は、クイーンズランド州北西部のリバースレイ Riversleigh の1千万~2千万年前の地層から発掘された化石の中に、現在とはまったく異なるカンガルーのものと思われる化石を発見した。

その化石に」よれば、当時のカンガルーは、大きて力強い前足を持ち、「跳ぶ」のではなく「走って」いた。また、狼のように長い「犬歯」を持っており、その強い歯で肉を噛み切り骨を噛み砕くことができたと考えられ、「肉食性」だったと思われる。

今後、それらの化石を大学に持ち帰り、どのような変遷を経て現在のようなカンガルーに進化したのかを詳しく調べるそうだ。

Comments

Monster Crocodile

この2、3日、Nothern Territory のクロコダイルに関するニュースが相次いで報じられている。

一つは、巨大なクロコダイルの目撃談。
ダーウィンの東約90kmの礁湖 Corroboree でキャンピングを楽しんでいた Horn さんの一家が、体長6.5m、幅1mもの大きな塩水生のクロコダイルを目撃した。
彼らは、ハウスボートの船尾で釣りをしていたところ、約20mくらい離れた岸辺にそのクロコダイルを見つけたそうだ。
それ以上近づいてこようとはしなかったが、夜になると目が赤く光っていたという。
ハウスボートで4日間を過ごして帰宅した Horn さんは、7月8日の地元紙 “Northern Territory News” に掲載されていたクロコダイルの写真(これは、”Wilderness 4WD Adventures” の Ted Jackson 氏が同じ場所で撮影したものだったが)をみて、「これと同じものを見た」と新聞社に知らせた。

もう一つは、Arnhem Land で8歳の少女がクロコダイルに襲われたというもの。
7月8日、Maningrida の東約50kmの Blyth 川の岸で、水を汲みに来ていた少女がクロコダイルに襲われたという通報があり、警察で捜索を開始した。付近にはいくつかの Aboriginie の集落があり、少女は、school holiday を利用して Maningrida から親戚の家に遊びに来ていた模様。
クロコダイルがどのくらいの大きさだったかは不明だが、その地域では、前にも何度か人が襲われたことがあるという。 

Comments (1)

イタリアおめでとう!

イタリアがPK戦5-3でフランスを破って24年ぶり4度目のワールドカップ優勝を決めた。おめでとう!
素晴らしい試合だった。第2ステージでオーストラリアに劇的な勝利をおさめて勝ち上がっていったイタリアだけに、最高に嬉しい。

italia_win.jpg
ワールドカップにキスして喜ぶ主将カンナバロ
(写真は、YAHOO!のオフィシャル・サイトから)

試合は1対1のまま延長戦へ。そこでとんでもないことが起きた。あのジダンがマテラッツィに頭突き。レッドカードで退場。何があったのかわからないが、ジダンにとって最後となる試合は、なんとも後味の悪い結末となってしまった。
11人と10人の戦いとなったゲームだが、結局120分を戦っても決着が付かずPK戦へ。イタリアが5本全てを決めて勝利を勝ち取った。

例によって、メルボルンのイタリア人街 Lygon Street では、寒い冬の早朝にもかかわらず、2つの巨大スクリーンの前に約8000人のファンが集まり、大歓声をあげ、飛び跳ね、抱き合って、勝利を祝った。

1ヶ月にわたってドイツを舞台に繰り広げられたワールドカップもようやく幕を閉じた。思えば、第2ステージのゲームはほとんど観戦していた。今日からはやっとゆっくりと眠れる。素晴らしいゲームの連続だった。感動を本当にありがとう!

Comments

オーストラリアにワールドカップ!

といっても、こちらはビールの話。
7月7日、イギリスの “Off Licence News” が行ったビールのワールドカップ。
サッカーのワールドカップと同じ32カ国のビールが参加。4カ国ずつ8グーループに分かれて予選を争い、各グループの上位2カ国が決勝トーナメントに進むというもの。
オーストラリアからエントリーした西オーストラリア “Cooper” の “sparkling ale” は、イタリアを4-3で破ってワールドカップの栄冠に輝いた。

Cooper は、Fグループで、日本のキリン・一番、ブラジルの Brahma、クロアチアの Pflaumenbrand Sliwovitz を退けて、一位通過で第2ラウンドへ。
第2ラウンドでは、ガーナの Castle Milk Stout を3-1、スペインの San Miguel を4-1、そして準決勝ではオランダの Grolsch を4-1で破ってイタリアの Peroni Nastro Azzurro との決勝に臨んだ。

ビールといえば、ドイツは世界中でもビールがよく飲まれる国だが、今回のワールドカップでビールの消費量が記録的な伸びを見せ、生産が間に合わないほどだったという。
大会のオフィシャル・パートナーはアメリカの Budweiser で、各競技場内での地元ドイツ・ビールの販売が制限されていたが、アメリカ・ビールの味はドイツ人の口には合わなかったらしく開幕当初から苦情が相次ぎ、ある程度制限を緩和せざるをえなかったそうだ。

Comments

2500万ドルの当たりくじ!

西オーストラリア州のカルグーリー Kalgoorlie で、2500万オーストラリア・ドルの当たりくじが出た。
日本円に換算すると、なんと21億円を超える!

カルグーリーは、パースの東約600km、ゴールドフィールド Goldfield と呼ばれる内陸部にある。
この地域は、19世紀末に金鉱が発見されて、ゴールドラッシュで賑わったが、ほとんどが10年あまりで掘り尽くされてしまった。
しかし、カルグーリーは埋蔵量が豊富で、現在でも大規模な金の採掘が行われていて、内陸部最大の街となっている。

2000年の旅で、アデレードからパースまでバスで走ったとき、ミール・ストップで僅かな時間停車しただけだったが、19世紀後半の建物が数多く残っており、ゴールド・フィールド博物館 Museum of Goldfield などがある。

そんな街で大きな当たりくじが出たわけで、正に「金鉱を掘り当てた」というところだろう。西オーストラリア州では、史上2番目の金額になるそうだ。
今日現在、まだ当選者は名乗り出ていない。

Comments

イタリア決勝進出!

イタリア “Azzurri” が、開催国ドイツを2-0で破って12年ぶりの決勝進出を果たした。
0対0のまま延長戦に突入したゲームは後半になっても両者得点を奪えず、このままではPK戦かと思われた終了1分前、グロッソ Grosso の放ったシュートがゴールネットを揺らした。そしてロスタイムに入った2分後、今度はデル・ピエロ Del Piero が2点目!まさに劇的な勝利だった。

組み合せと試合結果

(その時日本では、北朝鮮のミサイル発射の報道のため、ワールド・カップ中継は急遽教育テレビに変更になっていた。)

そしてオーストラリアでは・・・シドニーやメルボルンのイタリア人地区では、この劇的な勝利を喜ぶサポーター達が路上に繰り出し、街は赤・白・緑のイタリアン・カラーで溢れかえった。

シドニー・リーチハートのノートン・ストリ-ト Norton Street 沿いのバーやカフェでは、何百人ものサポーターが試合の行方を見守っていたが、勝利が決まった瞬間大歓声を上げ、誰彼となく抱き合って、店の外へ飛び出した。群集は、自宅のテレビで観戦していた人々を加えて、あっという間に数百人から数千人に膨れ上がる。発炎筒や花火に火が付けられ、通りはオレンジ色の煙に覆われた。

sydney-italians

メルボルンのイタリア人街、リガン・ストリート Lygon Street 。ここでは、10日前、1万人以上のサッカルーのサポーターが対イタリア戦の「劇的な敗北」に涙したのだったが、今日はその時とはまったく違う様相を見せた。
勝利の瞬間、何百人もの Azzurri のサポーター達がカフェから飛び出して、「イタリア万歳!」を叫び、太鼓を打ち鳴らし、イタリア国旗を振り回す。道路の半分が群集で埋め尽くされ、警察は朝のラッシュアワーに入った交通をストップせざるを得なかった。

(オーストラリアのダウナー外相は、北朝鮮のミサイル発射を強く非難し、これに対する国連のいかなる行動をも支持すると語った。) 

Comments

ひで、“新たな自分”探しの旅へ

7月3日、中田英寿がプロ・サッカー界からの引退を表明した。突然の早すぎる引退。本当に驚いた。
「今回のワールドカップを最後に引退することは、半年前に決めていた」とのこと。
今思えば、6月22日のブラジル戦の敗北の後、ブラジル・チームのユニフォームで顔を覆い仰向けに横たわったまま長い時間ピッチを去らなかった「ひで」の心の中にあったのは、ブラジルに勝てなかった悔しさだけではなく、20年間の自分のサッカー人生へのさまざまな思いだったのだ。

hide
ブラジル・チームのユニフォームで顔を覆い横たわる中田
Copyright: AFP

95年、山梨・韮崎高校を卒業した「ひで」はJリーグ・ベルマーレ平塚(現湘南)に入団し3年間を過ごした。
ベルマーレは、私が勤務していた企業が母体となっていたチームだっただけに「ひで」への思い入れは人一倍強く、ヨーロッパへ活躍の場を移した後もずっと彼のプレーを見守り続け、声援をおくってきた。

「ひで」はサッカー選手としての実力はもちろん素晴らしいものがあったが、それ以外にもいろんな所で異色の才能を見せてきた。
イタリア移籍後そんなに時間も経っていない時期の記者会見では流暢なイタリア語で現地メディアの質問に応じ、ジョークさえ飛ばして記者団を笑わせた。
ベルマーレ時代のスポンサー「東ハト」では非常勤のCBOを勤めている。
いち早くウェブサイト “nakata.net” を立ち上げ、ファンに直接メッセージを送り続けた。

そして、その “nakata.net” で今回の引退表明がなされたのだった。
「人生とは旅であり、旅とは人生である」と題した “Hide’s Mail” で、彼は「“新たな自分”探しの旅に出たい」と言っている。
どんな旅になるのか。何を見つけて戻ってくるのか。
彼なら、サッカーとは全く関係のないところでも充分に活躍の場を見つけることができると思う。

本当にお疲れ様でした。しばらくはゆっくり休んで、のんびりと旅を楽しんできてください。

Comments

ピザ配達の世界記録

7月1日、映画 “Fat Pizza” のディレクター Paul Fenech さんは、オーストラリアからスペインを経由してニュージーランドまで約20000キロを、3日間かけてピザを配達するという世界記録を打ち立てた。

若者の癌撲滅キャンペーンのチャリティとして行われたもので、マドリッドで購入された「マルガリータ・ピザ」は(冷たくなってしまっていたが)オークランドの13歳の非ホジキンリンパ腫癌患者 Niko Apostolakis 君に無事届けられた。

ギネス・ブックには、ロンドンからオーストラリア・ビクトリア州のドラマのセットに届けられたものが記録されているが、今回はこれを破ったことになるという。

Comments