Anzac Day

1ヶ月前に書いておくべきことだったが、オーストラリアの歴史についてもう一つ触れておきたいこと。 

オーストラリアを歩いていると、あちこちで「アンザック」 ”ANZAC” という言葉に出会う。
Anzac Memorial、Anzac Park、Anzac Hill、そして Anzac Day などなど。

ANZAC (Australia and New Zealand Army Corps) 。それは第一次世界大戦時に結成されたオーストラリア・ニュージーランド連合軍のことを指す。
ANZAC 軍は大英帝国軍の一員として参戦し、1914年4月25日にトルコのガリポリ Gallipoli 半島に上陸を敢行した。この作戦は結果的に失敗に終わり、大変大きな犠牲を払うことになったが、独立間もないオーストラリア連邦が初めて国際社会に登場するきっかけとなり、後にアンザック入江 Anzac cove と呼ばれるようになった上陸地点は、オーストラリアの ‘national identity’ が形成された場として、歴史に刻まれることとなった。

オーストラリアでは、4月25日をアンザック・デー Anzac Day として祝日にしており、この日には、第一次世界大戦だけでなく、これまでのすべての戦争における戦死者の霊が弔われ、世界平和への祈りが捧げられる。
また、毎年オーストラリアとニュージーランドの多くの人々が現地を訪れ、トルコ政府の協力の下で慰霊祭が執り行われる。

Anzac Day Services Gallipoli
2004年のガリポリ慰霊祭に集まった人々
 

あまり知られていないが、1902年に締結された日英同盟に基づき、イギリス政府の要請を受けた日本の艦隊がアンザック軍団護送の護衛に当たったという史実がある。アンザック軍の補充は休戦の日まで続けられ、日本艦隊も最後までオーストラリア・スエズ間の護衛に従事した

ガリポリ作戦の詳細については、2000年の旅の「こぼれ話第10話」を参照いただきたい。

1 Comment »

  1. mima said,

    June 7, 2006 @ 12:14 pm

    シリーズ伝説の戦い:「ガリポリの戦い」が6月のディスカバリー・チャンネルで放映されます。

    第一次世界大戦のさなか、連合軍が実行したガリポリ上陸作戦は多大な犠牲者を生んだ。悲惨な結末に至った原因を徹底検証する。作戦提唱者の英国陸軍大臣キッチナーや海軍大臣チャーチルは信望を失い、連合軍を打ち破ったトルコの指揮官ケマルは後に近代トルコを築く大統領となる。果たして敗因は指導者の能力不足なのか。実は、勝者と敗者を明確に分けた作戦には、当時から指摘されながらも黙殺されていた大きな落とし穴があった。(Discovery Channel Homepage から)

    6月7日(水) 20;00~21:00
    6月8日(木) 04:00~05:00
    6月8日(木) 12:00~13:00

    ぜひご覧ください。

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